第171話 モデル

今年の桜は、本当に短かった。

桜は、あのあと、あっという間に満開を迎えたものの、一度の嵐で一気に散ってしまった。

そして、それと同時に荒江高校に新学期が始まり、将は3年になった。

春休みの間ほとんど、大悟につきあっていた将は、心身ともに疲れぎみだったので、学校が始まったことに逆にほっとしていた。

しかし、自分が学校にいっている間の大悟を思えば、あいかわらず心配な状態だった。

心配する将に大悟は

「大丈夫だよ。安心して学校に行って、先生に会ってこいよ」

と笑顔をつくったが、その顔はすでに酒が入って赤かった。

大悟の心の傷を思えばこそ、将は大悟が浴びるように酒を飲むのを黙認してきたが、このままでは依存症になるのでは、と心配だった。

 
 

「?」

靴箱で将は、むずむずとした視線を背中に感じて振り返った。

しかし、見ていたらしい生徒たちは、将が振り返るとぴゅっと引っ込んだ。

「なんだ?」

廊下を歩いていても、遠巻きに見ている誰かがサワサワと噂しているのが聞こえるようだ。

「っかしーなあ……」

将は頭をボリボリ掻きながら、教室に入った。

気を取り直して、くぐるようにして入り口に入ると「はよっス!」と一声。

そんな将に、さっと視線が集まった。

「……何だ?」

将が席につくなり、チャミ&カリナが将の机にやってきた。

雑誌を手に持っている。

「ちょ、これ、ここにいる『SHO・荒江高校3年』って鷹枝くん?」

「ああん?」

将はチャミが差した『mon-mo』という雑誌を受け取ると、そのページを見る。

読者ページの中にある『街で見つけた今号のイケメン男子』というコーナーに、将は確かに載っていた。

将は、さして驚きもせずに

「へー、何、もう売ってんの?」

とチャミを見上げた。

「ねっ、やっぱり写真撮られたの?」

「うん。……なんだよ、笑え笑えっていってたくせに、笑ってない写真使ってんじゃん」

写真の中の将は、頤を心持あげて、こっちを見据えているような顔だ。

「ちょ、これ、将?」

井口やカイト、ユウタも集まってきた。

「すかしとる~」

「何、カッコつけてんだよォ」

「おま、写真写りめっちゃいいな」

と小突かれる。

「いやー、俺の素の魅力だろ。ハッハハ」

とふざけて威張る将が、ハッと気付くと、廊下側の窓に下級生の女子が鈴なりになっている。

振り返って視線をそっちにやると「キャー!」と声があがった。

星野みな子は

――バッカみたい。

と興味なさそうに騒ぐ一団を睥睨していたが、帰りについその雑誌を買ってしまったのだ。

 
 

「今日は入学希望の問い合わせが多いですね」

今まで電話に掛かっていた権藤先生が受話器を置きながら言った。まだ昼休みだ。

低偏差値校である荒江高校の入学式は4月も下旬になって行われる。他校の受験に失敗した生徒たちが問い合わせてくるからだ。

入学希望の最終締め切りは今週末だが、今日はその問い合わせの電話がやたら多い。

「しかも女子ばっかり。今日でもう6件目ですよ」

「もともと、アキラ先生の記事のおかげでいつもより希望者は多いんですが、このままだと、新1年生は1クラス増えそうですね」

先日、美智子が予告していたとおり、聡が始めた荒江高校のユニークなとりくみを新聞社が取材に来た。

結局それは小さなコラム扱いだったが、3月下旬に載ったこともあり、入学希望者の問い合わせは例年になく多かった。

ちなみに始業式と健康診断だけ、という今日は生徒たちは午前中で帰宅になっている。

しかし今日、女子の問い合わせが多いのは、新聞とは無関係だ。

今日、特に女子の問い合わせが多い原因について、思い当たるところがある聡はあいまいに笑った。

 
 

あの、桜がまだ五分咲きだった日。

「あ、幸田です。将くん?あのさ、助けてほしいんだけど。mon-moの街イケに穴が空きそうでさァ……」

と将の携帯にかかってきた美智子の電話。

将は意味がわからなかったので、首をかしげながら無言で電話を聡に渡した。

「もしもし?美智子?どうしたの?」

「あ、聡ァ?一緒でよかった、ちょっとさぁ、連載企画がピンチでさあ。急遽、将くんにモデルをしてほしくて。今どこにいんの?」

「モデル?」

「いや、そんなたいそうなもんじゃないから。とにかく×××ヒルズの前に来て!一生のお願いっ!タクシーで。領収書とっといてね」

早口でまくしたてる美智子に、聡もよく意味がわからなかったが、美智子が困っているのは確からしいので、とりあえずタクシーで×××ヒルズに来てみた。

美智子はすでに来ていて、

「ここ、ここー!聡!」

と大きく手を振っていたのですぐにわかった。

領収書を取るまでもなく、タクシーの料金は美智子が払った。

美智子はあらかじめ見つけておいた、という撮影現場まで歩きながら

「もうさあ、困っちゃうの。今日校了日なのに、この読ペ(※読者ページ)の」

といって美智子は雑誌の1ページが印刷されたものの1箇所を聡と将に指し示した。

『街で見つけた今号のイケメン男子』という葉書大のコーナーに若い男の写真が入っている。

なかなか可愛いコだ。だが上から赤いマーカーで大きく×が書いてある。

「このコーナーなんだけど、このコがさぁ、今日になって急に『やっぱり出さないでくれ』とか言い出してきてさぁ。

なーんか、学校で禁止されてるとか言って。それで、もー、パニくっちゃって。そんとき将くんのことを思い出したわけよ」

「え、ここに俺が載るの?」

将は思わず、目をむいた。

「そうそう。大丈夫。素人のコーナーなんだから。将くんは大学生だから問題ないでしょ」

将は横目で聡に助けを求めた。

「校則って、大丈夫だったっけ……?」

聡はヤバイ、という顔で思わず目をそらした。

美智子は目をパチクリとしながらも、察しが早かった。

「えっ!何、将くん、高校生だったの!」

聡は意を決したように、うなづいた。そして小さな声で

「校則は大丈夫なはずだけど……」

と付け加える。

「あ、だったら問題ないじゃん。将くん、お願いねっ!」

美智子はそういうと、将の肩をぽんと叩いた。

とにかく仕事が切羽詰っているのか、聡が高校生と付き合っていることについての突っ込みは何もない。

聡はとりあえずホッとした。

「でも、聡たちが近くにいてくれて本当によかったぁ~。……あ、将くん、目線ちょうだい」

将と聡は、美智子が予めロケハンしていたケヤキ並木がきれいな通りに移動していた。

美智子はいつもの濃い化粧に下北系の派手な格好、その格好にそぐわない、大きな一眼レフのデジタルカメラを構えて将の写真を撮っている。

「じゃあ、思い切り笑ってみて」

といわれて、将は

「笑えといわれても……」

といいつつ、カメラを構えられるとニィッと歯をむき出して笑い顔をつくる。

「ちょっと体をふってみて」

「ふるって?こう?」

将はパラパラを踊るように体を揺すってみた。

美智子はそれを見て大笑いする。

「アハハ、将くんってば、おもしろーい。じゃなくてー。こうやって体を斜めにむけてみてってことだってぇ」

聡はあいまいに笑いながら、カシャカシャとシャッターを切る美智子と、ポーズをとる将を見てため息をついた。

 

撮影はほんの15分で終わった。

美智子は1眼レフのデジカメのモニターで画像を再生しながら、にこにこと

「うん、うん、イケてる。ばっちり!」

と一人うなづくと、

「どうもありがとう、めっちゃ助かったわー、これ謝礼」

と聡に1万円札を渡し、

「じゃ、私、編集部に戻って作業するから!じゃあね!」

とあわただしく、今度は自分がタクシーを捕まえると挨拶もそこそこに去っていった。

「なーに、あれ」

将は頭をかたむけて、横目を聡に投げた。

「さぁ……」

聡もよくわからずに首をかしげた。嵐のように突然やってきて、あっという間に去っていった美智子。

「だけど、とりあえず昼代、得したな」

将は聡がつまんでいる1万円札を見てにんまり笑った。