第361話 卒業(3)

「せっかくだから、みんなでもう1回撮影しよーぜ!」

二人の写真を撮りおわった将は、聡のまわりに集まっていたクラスメートにことさら明るく呼びかけた。

ちなみに整列してのクラス写真は、先ほど、式が始まる前に撮影している。

これは、あとで配布される卒業アルバムに掲載されることになっている。

だが、聡を囲んでもう一度、今度は、みんな好きなポーズと笑顔で写真に収まるのも悪くない、と皆賛成した。

そうと決まると皆わいわいと、自分の位置を主張し出す。

「男子パターンと女子パターンでわけようよ」

「何回か撮ったらいいよ」

「先生は椅子に座ってもらおうよ。お腹大きいんだし」

などと意見が飛び交う中、将は小さな異変に気付いた。

みな子がいない。

将はあたりを見回した。

だが……みな子のスラリとした姿は、どこにもいなかった。

日頃、みな子と仲のいいすみれも、今は真田由紀子と一緒にいる。

将はさりげなくすみれの傍に行き、みな子の行方を訊く。

「みな子……星野さんは?」

「今日、大阪に行くって……さっき帰った」

――え。

「鷹枝くん、知らなかったの?」

すみれは驚いて小さな目を丸くあけた――二人がただの友達に戻ったことは、特にクラスメートに宣言したわけではない。

だからすみれは、依然将とみな子が「いい仲」だと思い込んでいるらしいのだ。

なにもなかったようにカメラに向かって陽気にはしゃぎつつ、将はみな子のことが気になった。

――こんなに、急に。

――あいつ、何にも言ってなかったじゃん……。

「……将、将ってば」

将はぼんやりしていたらしい。井口が顔をのぞきこむようにしている。

「ああ、何?」

「今日サ、あとでみんなで、パーティみたいに集まろうっていってんだけど。お前これる?」

せっかくの申し出だったが、あいにく将も今日のうちに再び北海道入りすることになっている。明日も朝一から撮りがあるのだ。

それでも、せっかくだ。

飛行機を最終に変更すれば、最初の30分くらいは顔を出せる。

将は、飛行機の時間を変更できるか、と武藤に確認するべく携帯を取り出した。

開けた携帯にメールの着信が1通あった。……みな子からだった。

将は反射的に……聡の横顔に視線を走らせる。

女生徒たちに囲まれた聡は、涙もすっかり乾き、ばら色の頬に笑顔が戻ったようだ。

それを確認すると将は、小声で井口に言った。

「ちょっと、俺、事務所に顔出してくる。……パーティはちょっとだけ顔出すから場所とか連絡して」

それだけ言うと、校門へ向かおうとして……再び振り返る。

「センセイは呼ぶの?」

「いちおう声かけるけど……あのお腹だし、これないんじゃない?」

「ふうん、そ」

これ以上、聡への関心を悟られるのは、仲のいい井口でもマズいだろう。

将は井口にわからないように、聡にもう一度目をやった。

そのとき、首筋に気配を感じたのか、聡がこちらを振り返った。

将の心臓が、どきん、と震える。

それに対抗するように、将は大きな声を出した。

「センセー!センセーも、今日のパーティ、こいよー」

聡はまだそれを聞かされてないのか、きょとんとした顔をした。

そんな聡に、井口や兵藤、チャミやカリナが一斉に今日の催しの話を始める。

その隙を縫って将は……校門へ小走りで向かった。

「品川駅まで」

タクシーに乗った将は、迷わず告げた。

みな子は前に……飛行機が苦手だと言っていた。

『修学旅行のときもね。参加するのやめようかと思うほどイヤだったの。……でね、仕方ないから離陸前にムリヤリ寝ようとしたんだけど、怖くて寝れなくて』

だから、大阪へは飛行機でなく、新幹線を使うはずだろう。

……将は最後に、もう一度みな子に会わなくてはと、強く感じていた。

大阪に行ってしまう前に、もう一度謝りたい。

自分のために傷つけてしまったことを……。

そんなことを思う将の脳裏の片隅には……瑞樹がいた。

気付かないふりをして、その好意だけは、あざとく利用してしまっていた瑞樹。

……ドラッグに救いを求めさせるほど、傷つけた犯人の一人は自分だ。

謝る前に……逝ってしまった瑞樹のことは、ふいに将の心の表面に浮いてきて、将を苦しめていた。

それでも、大悟と一緒に住んでいたころは、ボロボロの大悟に向き合うことでそれが相殺されていた。

だが、大悟と離れた今。

ふいに、むきだしで浮かんでくる瑞樹への良心の呵責は、ときおりではあったものの、将を眠れなくするほどであった。

どうして、生きているうちに謝らなかったのか。償わなかったのか。

やったことの深さも、期間も、瑞樹よりはずっと軽いとはいえ……将がみな子への罪深さを思うとき、その後ろには、つねに瑞樹を感じていた。

将への好意を……利用していたという構図で、みな子と瑞樹は重なるのだ。

いてもたってもいられなくて、将はみな子に電話をかける。

 
 

「センセー、みんなでランチ食べにいこうよ」

「いいねー。どこにしよっかー。センセー、何が食べたい?」

写真をあらかた撮り終わって、なおも名残惜しいチャミやカリナたちは、聡を誘い始めた。

と、そのとき。

いつのまにか……見覚えのあるスーツ姿の男が、目の前にいることに聡は気付いた。

「……毛利さん」

「お久しぶりです。古城先生」

将の父・鷹枝康三官房長官の秘書である毛利……彼は、丁重に頭を下げた。

そのスーツの仕立てのよさと……眼光の鋭さに、聡のまわりに群れていた生徒たちは、なんとなく後退し、聡だけが毛利と向き合う格好になる。

「卒業式も、つつがなく終わられて……長官も大変喜んでおられます」

「……ありがとうございます」

目を伏せるようにして一礼した聡に、

「長官は、古城先生を労いたいと、昼食の席を用意しております。よろしかったらお越しいただけないでしょうか」

校門にはいつのまにか、ベンツが止まっている。

『よろしかったら』と聡に選択の余地を残すような言葉ながら、抗えないことを……聡はよくわかっていた。