第235話 梅雨前線(4)

『ばくせん2』の第1回が放送された。

人気シリーズの2作目とあって、視聴率は上々、

「このドラマ不況の時代に、25%越えはすごいよ」

と番組関係者は誇らしげだった。

現在4話を収録中の役者やその所属プロダクション関係者にも視聴率は伝えられ、みんな拍手して喜びあった。

「SHO。すごいよ。アクセス数、放送直後2位」

月曜日、プロデューサーは廊下でこっそりと武藤に耳打ちした。

この日も雨だったが、スタジオ撮りなので局に来ていたのだ。

番組公式HPのアクセス数は非公開なのだが、局関係者はページごとにカウントされたそれを見ることができる。

その配役ごとのアクセス数が、放送直後はなんと2位だったのだ。

1位は四之宮敦也で、これは妥当かつ予測していたことだが、将が主役の仲田雪絵を抜いて2位というのは誰も予想していなかった。

「まあ、仲田ちゃんは前回と同じ役柄だから、だと思うけど。それにしても無名の新人が2位ってすごいよね。よかった、よかった」

プロデューサーはホクホクとした恵比須顔で武藤の肩をぽん、と叩くと

「出番、増やすから」

ニヤリと笑った。

「ありがとうございます。これからも頑張りますのでよろしくお願いいたします」

頭を下げた武藤は、まさか2位とは思っていなかったが、ある程度予測はしていた。

というのは放送直後、事務所公式のSHOのHPのアクセス数が飛躍的に増えて、土日ともに1位になっていたからだ。

しかし、5人の生徒役の中で、一番知名度がない将が、他の3人を差し置いて2位とは快挙である。

社長にそれを話すと、

「ほらね。やっぱりあたしの目に狂いはなかったでしょ。あのこは磨く前から光ってるもの」

と得意そうな顔をした。

しかし、喜んでばかりいるわけにもいかない。

先週から書き込まれ始めた、ネット上の悪口のほうも、『ばくせん2』後もあいついだ。

見つけ次第、削除させるように手を打っているが、あとからあとから書き込まれる。

『年上キラー』

『乱交パーティの王子様』

『バイク泥棒の常習犯』

内容のほうも、どんどんエスカレートしていく。

画像は、まだ幼さが残る中学時代のものばかりだが、それでも面影で将ということがわかってしまう。

それにしても、人気急上昇中とはいっても、ブレイクしているわけではないのに、どうしてこんなに書き込まれるのだろうか、と武藤は首をひねった。

 
 

7月中旬だというのに、梅雨前線は名残りのように活発化した。

火曜日、ロケが中止になり、将はまた学校へ行くことができた。

といっても、午後には早退しなくてはならないが。

『ばくせん』が放送されたせいか、将はいっそう注目を浴びた。

下級生の歓声から逃げこむように教室に入ったが束の間、今度はチャミとカリナが擦り寄ってきた。

「ね。鷹枝くん、頼みがあるんだけど」

「何?」

将のけげんな顔にまるで頓着するようすもなく、

「あのね!四之宮くんのサインもらって!」

と二人揃って色紙を差し出した。

「ええー」

「お願いっ」

ヤダなあ、といいかけて、将は武藤の言葉を思い出した。

『クラスメートとか昔の友達にはできるだけ親切にするのよ。邪険に扱っちゃだめ。今はネットがあるから、何を言いふらされるかわかったもんじゃないわ。人気商売なんだから、ね』

もちろん、将には、ネット上で自分の過去が誇張されて書き込まれていることなど、知らされていない。

だが、新しい書き込みを少しでも未然に防ぐよう、武藤は将に注意を与えたのである。

「あんまり、話さないし」

将は控えめに、『だから出来ないよ』と言ったつもりだったが、

「でも共演してるじゃん。ねえっ、お願い」

あまりにも彼女たちが必死、かつ強引だったので将は色紙を預かることになってしまった。

 
 

聡の姿はHRでしか見られないまま、将は武藤の車で学校をあとにした。

なんだか、どっと疲れた気がしている。

後部シートにもたれかかって、ぼんやりとリズミカルに稼動するワイパーを見ていた将に、透き通った歌声が聞こえてきた。

初めて聞くのになじみ深いようなメロディ。FMからだ。

――聡が好きそうな曲だな。

聡が好きな大御所ミュージシャンの作る曲によく似ている。

どちらかといえば洋楽好きの将だが、その大御所の曲だけは、聡の影響でほとんど全部聴いてしまっている。

今掛かっている曲を歌っているのはアイドルグループらしいが、ソロの部分など、せつない感じがよく出ていて将は思わず聞き入った。

『KATZEの新曲”僕らの道”。いいですね~。なんと、あの○○さんが初めて、アイドルグループに曲を提供したという話題の曲は……』

曲が終わらないうちに入ったパーソナリティの紹介で、将はその曲が、聡の好きな大御所によるものだということを知った。

それと同時に、メインボーカルとして歌っているのがあの四之宮敦也だということで二度驚いた。

「へえ。歌、うまいんだな。あの四之宮さんって」

将は窓にへばりついた水滴を見ながら呟いた。

「将も歌、歌いたい?」

武藤がハンドルを握りながら茶化した。

「よしてくれよ」

もちろん将はそれが冗談だとわかっているから、伸びをしながら大あくびをした。

 
 

その四之宮敦也は今日は、一番にスタジオ入りしていた。

珍しいと思ったら、この局の朝のワイドショーに出演して、そのままここにいたらしい。

スタジオには5人がたむろする喫茶店のセットが組まれている。

「オハヨーございます!」

あとから入った将は、大声を張り上げた。

四之宮は、あいかわらず無視して台本を読みふけっているようだ。

幸いまだ、他のメンバーは揃っていないようなので、将はやや緊張しながら四之宮に近寄った。

「あの、四之宮さん。頼みがあるんですけど」

四之宮は無言で顔を上げた。将は思わずドキッとした。

切れ長ながら、女のように大きな瞳が将のほうを見つめたからだ。

「友達に、四之宮さんのサインを頼まれちゃって……」

四之宮は無言のままだったが、将がおずおずと差し出した色紙を受け取ると、素直にマーカーを走らせた。

サインは手慣れたもので、色紙の上を滑るようだ。

あのあと、チャミやカリナ以外からも頼まれてしまったので、色紙は10枚にもなっていた。

その間、四之宮はずっと無言だったので、将は試しに

「あの……。新曲、いい曲っすね」

と言ってみた。すると四之宮は

「別に、お世辞言わなくてもいいよ」

と将の顔も見ずに、冷淡に返答した。お世辞のつもりじゃなかった将は

「いや、お世辞じゃないですよ。さっきラジオで聞いたばっかなんです」

と、あわてて反論した。

「四之宮さん、歌うまいですね」

そう付け加えたあとで、CD出してる人間に『歌うまい』は、あまりにまぬけすぎだったかな、と思い返したが口にしてしまったものは取り消せない。

「いちおー……歌手でもあるし」

サインを終えた四之宮は、色紙の束を将に手渡しながら、顔をあげた。

「ありがとうございます。俺、CD買います。特に 

♪決して誰も僕たちを認めないだろう~♪

というところ、ジンと来ました」

本当にその部分は、聡と自分のことのようで、一度聴いただけで口ずさめるほど心に残ったのだ。

「そこ、俺のパートじゃないし」

四之宮はクールな口調で言うと立ち上がった。

「あ」

将はしまった、と思った。

だが、立ち上がった四之宮は近くに置いてあったリュックを持ってくると、その中からCDを取り出した。

「やるよ」

四之宮は、将を見上げると、口角をあげた――つまりニヤリと笑った。

将は思わずポカンと口をあけてしまった。

 
 

今日の収録終了後、明日のロケが行われるかどうかが検討されたが、天気予報では降水確率90%ということで、中止がほぼ確実になった。

将は、武藤に

「今日はさ、おうちのほうに帰ってもいい?明日、どうせ学校に行くんだろ」

と訊いてみた。

『おうち』とはつまり、大悟と暮らしていた学校に近いマンションのほうのことである。

ちなみにM区のマンションのほうは『寮』と呼んでいる。

武藤は、何の疑いもなく了解してくれて、将を『おうち』まで送り届けてくれた。

収録後も、雑誌の取材などがあったので、帰ってきたときはすっかり夜になっていた。

将は、暗いままの部屋に入ると、照明をつけた。

部屋はあまり変わっていなかった。家政婦が通っているせいか、きれいに整っている。

大悟が留守なのはあらかじめ確認してある。

将が、こっちのマンションに戻ってきた理由は……。

それは先週、カオリに聞いて以来ずっと気になっていたこと。

大悟が、シャブをやっている証拠を見つけ、できれば止めさせることだった。

将は、着替えもせずに、まず大悟の部屋に入った。

そこには、前と同じように万年床と、瑞樹の遺品が並べてあった。

将は、まずクロゼットをあけた。

ハンガーにかかった服はそれほど多くない。その下に奇妙なものがあった。

何かが入ったゴミ袋。中にあるカラフルな布地が透けて見える。

将は、いかにも怪しいそれを引っ張り出した。

そこには……派手な下着類、おぞましい玩具、そして手錠や首輪が入っていた。