第60話 孤独(2)

昨日の残滓のせいか、将は深く眠ることができず、早く目が覚めた。

充電された携帯が使えるようになっていることを思い出す。

将はベッドに横たわったまま、2週間近くチェックしていなかったメールをチェックする。

電源が切れている間にいろんなやつからメールがきている。井口らから安否を気遣うメールがほとんどだ。

その中に聡の名前を見つけて、将は、ガバ、と身を起こした。
 
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12/8月21:20

このメールを見たら
今どこにいるか連絡してください。 
心配しています。古城

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12/10水17:30
 
今日、模試の成績が出ました。
すごくいい成績でした。
連絡を待っています。古城聡

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12/20土0:24

どこにいるの?
会いたい
会いたい。

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3通めのメールを表示した携帯を将は握り締めた。

確かに「会いたい」と表示している。

それを見たとたん、将は手早く服を着ると、駐車場へ駆け下りた。

聡の顔が見たい一心で○○パークホテルへと車を走らす。

昨日の雪はやんで、雲の間から澄んだ青空がのぞいていた。

昨日、タクシーの中で、博史は聡を自分の両親に会わせたいといっていた。

――ということは絶対に、二人はフロントに現れる。

きっと会える。

ハンドルをきりながら将は、高揚していた。

今度会ったら……!

朝日が雲間から将の顔を照らした。

 

  
しかし、赤信号で車が止まると同時に、思考も止まる。

光り輝く太陽から見れば真っ暗な高架の下の影にミニは停車した。

たぶん、昨日の夜、聡は博史に抱かれてしまっただろう。それで、モトサヤかもしれない。

ハンドルを握ったまま肩を落とした。

昨夜の淫らな想像が現実となって脳裏をかすめた。

と、後ろからクラクション。

信号はいつのまにか、気付かないうちに青に変わっていた。

あわててアクセルを踏む、と同時に再び進行するプラス思考。

高架の下を抜けると、冬の朝日がフロントガラスに、希望のように一筋、さしてきた。

昨日の別れ際。博史に肩を抱かれた聡は何度も自分を振り返った。

そのことに希望をつなぐ。

それに昨日、言いかけた言葉。

『私、将のこと……』

それは、前後の行動からいって、絶対に続くのは肯定的な言葉しか、考えられなかった。

 

 

   
ずいぶん早く着いてしまった。

25日、クリスマスといえど今日は平日。将はラッシュがピークを迎える前に到着することができた。

いくらなんでもこんなに早く、二人が出発することはないだろう。

仕方がないので、バカ高いモーニングをとったあとで、ラウンジへ移動し、新聞を読みながらフロントや、上から降りてくるエレベーターに目を光らす。

――あ。そうだ。

気付いた将は、ダメモトで聡にメールを送信する。

『あとできっと会いたい。返信待ってる』

さりげなく読めるように短いメッセージに想いを込める。

 

  
そのころ、聡はシャワーを浴びていた。

部屋ではボーイがディナーを片付け、かわりに朝食を用意していた。

「失礼します」

若い女性のスタッフが大きな箱を持って現れた。リボンが掛かっていていかにもプレゼント風である。

博史はそれを受け取ると、ソファの上に置いた。

ふと、聡のバッグの中で、低い振動音をたてる物体がある。

博史はためらわず、バッグから携帯を取り出した。ピカピカと点滅しながら、案の定『鷹枝将』の文字が表示されている。

博史は携帯を開くと、そのメッセージを読む……顔色一つ変えずに削除した。ゴミ箱も空にして痕跡を残さない。

 

  
ちょうどそのとき、シャワーの音が止んで、博史は携帯を素早くバッグの中の元の位置に戻した。

聡はバスローブに、髪の毛をタオルで包んで、シャワールームを出た。すると、明るい朝日の中で朝食の準備が整っていた。

「……わぁ。すごい」

それにはモーニングシャンパンまで用意されていた。

「せっかくのクリスマスだからね。それと、これは僕から」

博史は笑顔で大きな箱を聡に手渡した。

「え、なあに?」

「クリスマスプレゼント、といっても昨日、あわてて選んだんだけど。開けてみて」

そういわれて、聡ははっとした。博史へのクリスマスプレゼントを何も買っていない。それどころか将へのプレゼントも……。

「ごめん、博史さん、私……」

思わず深刻な顔になる聡に

「何?何だよ」

博史は、おどけて聡に顔を近づけてくると、おでこをくっつけた。あくまでも優しい目が笑っている。

「いいんだよ。聡にはもっといいものをもらえるから」

聡ははっとする。

子ども。

瞳に不安な色を浮かべた聡の、頭に巻かれたタオルを博史はくしゃくしゃっとかき混ぜて笑った。

髪の水分を含んだタオルはとれて、甘栗色になった濡れた髪の毛が露出した。

「開けてみろよ」

美しいリボンがかけられた包みはびりびり破くのにはもったいないと感じるものだった。

ていねいに爪をたててシールをとって箱をあけると、そこには淡い色のワンピースが入っていた。シックなデザインだが上質な色と生地はいかにも高価そうだ。

「ありがとう……」
「今日はそれを着たらいいよ」

「え?」
「今日、俺の両親に会ってくれるんだろ?」

そうだった。余命1年。聡に再び重圧がかかる。

「うん……」

博史は、うかない顔でうなづく聡の濡れた髪の毛をもう1回くしゃっとかき回すと

「俺もシャワー浴びる。あ、髪は、美容室予約しろよ」

と笑顔でバスルームに消えた。

聡は、リモコンでテレビを点けるとソファのほうへ行きバッグを手に取った。

博史の前では見られなかった携帯を取り出しチェックする。

もしかして……万が一のようなものだけど、昨夜のうちに将から何かメールが入っているかも、というかすかな期待があった。

しかし、新着メールはなかった。

聡はため息をついて朝日が差し込む窓辺の外に、将の顔を思い浮かべた。

昨夜、雪の中で夢中でしがみつく寸前、どんな顔をしていただろうか。

思い出せない。聡の中の将の顔は、何故かいつも少しつらそうな笑顔だ。

テレビでは、晴れ間は朝の間だけで、夕方頃から再び雪が舞うと予報していた。