第69話 将、13歳(2)

『俺、大悟ってんだ。○○中1年。お前は?』

『将、将っていうんだ……。△△中1年』

大悟は将を連れて、深夜もあいてる大型書店に入った。

コミックのコーナーでは何冊か、お勧めコミックの1巻が立ち読みできるようになっている。

『ここで立ち読みしてて。俺のほうは絶対見るなよ』

その1冊を将に立ち読みさせると、大悟は素早く他の棚を物色しはじめた。

大悟は、悪びれもせずに、コミックの数冊をリュックの中に入れた。

気付いた店員がそっちを見るのがわかる。将は立ち読みをしながらヒヤヒヤした。

……しかし、大悟は、レジに行くとリュックからコミックを出してお金を払っていた。

そしてそれが終わると将のところへ来て、

『行くぞ』

と囁きながら将の腿のところに平積みになってるコミックを1冊素早く盗った。

これは店員は気付かなかったらしい。

将は冷や汗が出る思いだった……万引きの現場を見たのは初めてだった。

さらに、大悟はいったんトイレで戦利品のフィルムとスリップを取り外すと、その足で今度はブック〇フへ向かった。

そこで将は、大悟が盗ったのが1冊ではないことに気付いた。さっきリュックに入れたコミックのうち、お金を払ったのはほんの一部で、半分はそのまま持って来ていたのだ。

コミック5冊は新品だったので1000円以上になった。

『やった、メシ代』

ブックオフを出た大悟は将の顔を見てニヤっと笑った。

その夜、将は大悟のアパートに泊めてもらうことになった。

『誰も来ねえから。安心しろよ』

大悟の住んでいるというアパートは、アパート同士、離れてる意味がなさそうなくらい建て込んでいた。翌朝将は、そこの日当たりが最低なことを知るのだが、将がそこに到着したときはまだ夜だった。

大悟は先にベニヤ製のきしむドアを開けると、蛍光灯を付けた。

いやにチカチカと点滅する白い安っぽい光に照らされて、そこは古くて汚いアパートだということが分かった。汚い砂壁のあちこちは砂が剥げ、ひびが入っている。

『痛え!』

裸足だった将は足裏に何かが刺さって足の裏を覗き込んだ。トゲが足の裏にぶっすりと刺さっていた。

『気をつけろよ。畳がときどき刺さるんだ』

大悟はマキロンを投げながら言った。トゲが刺さる畳なんて将は初めてだった。

『やる?』

大悟はショッポを差し出した。将がうなづくと大悟は器用に一本を飛び出させた。

将が不器用に一本を指に挟むと、大悟はそれにライターで火をつけてくれた。

タバコは隠れて何度もやっているが、大悟のいかにも物慣れた動作の前で、将は少し緊張しながら煙を吐いた。

『さっきはありがとうな』

大悟は言った。将はきょとんとした。助けたのはそっちのほうじゃ……。

『お前がタテになってくれたから、俺のほうは疑われないで済んだ。いいよ、その金髪』

大悟はもう一度ニヤッとした。

――ああ、そういうこと?

将は納得した。将の目立つ金髪に気を取られて店員は大悟の万引きをずいぶん見逃してしまったということだ。

『一人暮らし?』

将は大悟に聞いた。大悟は煙を吐いて目を細めながら首を振った。

『オヤジと二人暮し。でもオヤジはめったに帰ってこねえし』
『そっか』

『将、お前は?』
『……』

いいいどむ将に、大悟はあまり深く訊かなかった。ドーナツショップからけっぱってきたであろう灰皿にタバコを揉み潰すと、

『好きなだけここにいればいいや』

とフトンを敷き始めた。

バカオヤジのだけど、いい?と言われたフトンは、思い切りセンベイで、酸っぱいようなカビの臭いとヤニの混ざったようなニオイがひどかった。

おまけに風の通らないアパートの夏の夜は暑くて、将はなかなか寝付けなかった。

 

  
夏休みに入った将は大悟からいろいろなことを教わった。

見つからずに、かつ疑われずに万引きする方法。

普通の薬や小麦粉を『ドラッグ』だといって女の子たちに売りつける方法。

将は、小学生の女の子が夜遊びや援助交際をしているのに最初とても驚いた。が、そんな女の子たちが将たちの顧客だった。

偽の薬で『ラリッた』などとフラフラする女の子を見て、将は可笑しかった。

それは主に遊び代もそうだったが、食うための熾烈な戦いだった。

さらに、自転車の鍵を壊す方法。盗んだ自転車は登録を剥がして、闇業者に売って金にする。

応用編で原付を鍵なしでエンジンをかけるにはどうしたらいいか。また、その運転方法。

将はすぐに原付のリミッターを切って突っ走る快感を知った。どんなに暑い夜も、ノーヘルでぶっ飛ばせば気持ちいい。

大悟を後ろに乗せて金髪をなびかせて盗んだ原付をぶっ飛ばす。笑いながらすべてが後ろにふっとんでいく。

そのとき将も大悟も世界を手にしたような錯覚に酔った。

 

 

   
夏休みの間、大悟の父はまったく帰ってこなかった。ということは、家に金も入れない。

この家の家賃をどうしているのか、という疑問すらまだ中1の将は気付かなかった。

それはそうと、大悟は自分の食い扶持のほとんどは自分で稼がなくてはならなかったのだ。

大悟の父が、借金取りに追われている、というのを知るのはその直後だった。

『将、今日は車を狙おうぜ』

マックで一番安いハンバーガーを食べながら、大悟が言った。その前に、新しい服がほしい、と言っていた。

将も明らかに校則違反の長さに伸びた髪の長さはいいとして、根元が黒くなってきたのが気になり始めていた。

家に帰って、自分名義の通帳を盗んでこようかと思っていた矢先だった。

『え、車を盗むの?』

将はマックシェイクのストローから口を離して言った。

『バカ、車が盗めるわけねーじゃん』

大悟はギャハハとウケた。

その夜。大悟と将はある屋外駐車場に来ていた。

鉄パイプを途中、工事現場からGETしている。そしてなぜか将にバスタオルを持たせている。

『ここは、監視カメラがないんだ。奇跡的だぜ』

大悟は、静かに並ぶ車を見て、声をひそめて囁いた。

大悟は常日頃から、ハンザイは準備がカンヨウだと言っている。カンヨウ、なんて言葉を使うなんて、意外とこいつ、国語できんだ?と将は思う。

『なるだけ目立たないように、車の中を覗くんだ。CDが置いてあったら頂くんだ。カーナビがあったらラッキー』

『頂くって、どうやって』

『これで窓を叩き割るんだよ』

大悟は鉄パイプをかざした。将はそのあまりに大胆な手口に口をあんぐりあけた。

『これは何に使うんだよ』

将はバスタオルを広げた。

『まあ見てろよ。おっ、あったぜ。カーナビ♪ しかもCDもいっぱい出しっぱ』

大悟は、将にいって、窓にそってタオルを広げさせた。そして鉄パイプを振り上げると、タオルの上から窓ガラスにヒットさせる。

鈍い音がして、窓ガラスがバラバラに割れた。

『バスタオル使うと、音が小さくなるでしょ。まわり見とけよ』

大悟は割れた窓に手をつっこんでロックを解除すると車のドアをらくらくとあけた。

そして、ケースに入ったCDを将にまず渡すと、自分はカーナビを取り外し始めた。

カーナビはあっさり外れたが、大悟はダッシュボードを開けてまだ何かを探している。将は、時間が経過するとともにひやひやしてきた。

『大悟、もういいだろ、何探してるんだよ』

『ナビのマニュアル。マニュアルがあると値段があがるんだ。あった』

マニュアルはダッシュボードではなくて、ドアのポケットにあった。

『やべえ、人が来そうだぜ』

将は大悟に囁いた。大悟はナビとマニュアルを手早くリュックに入れると、正面入り口はヤバイと思ったのか将をうながして駐車場の金網を乗り越えた。

 

   
CD20枚以上とカーナビは結構なお金になった。

それから、その日偶然にも大悟の父から2万が現金書留で送られてきた。

おかげで将は根元を染めるための毛染め、大悟は新しい服を買うことができてなお、金は余った。

『これで、今日は焼肉にでも行こうぜ』

などと二人、民生委員に持ってきてもらった扇風機にあたりながら、にこにこと話していたときだ。

廊下に響く靴音に敏感に大悟は振り返った。何枚かある万札の1枚を手早く折り始める。

『なんだ?』

将はそんな大悟の行動が分からなかった。

が、まもなくドンドンドン、とベニヤのドアが乱暴に叩かれて

『島さーん!』
『島ァ、いるんだろ!』

とどなり声が聞こえた。

大悟は折りたたんだ万札の1枚を、畳と壁の間の隙間にねじこむ。

その上から読み古した漫画雑誌を隠すように置いたとき、ベニヤのドアが蹴破られた。

趣味の悪いスーツを着た顔色の悪い男と、アロハシャツの若いチンピラが土足のまま部屋に上がってきた。

『おう、ぼっちゃん。オヤジは?』

年配のほうが聞いてきた。

『……いねえ』

大悟は呟くように答えた。

『おらぁ、隠すんじゃねえ!』

若い方がいきなり大声を出したので、将はその音量にビクッと体を振るわせた。

『お友達は、ここのお父さんに会わなかった?』

年配のほうが将に聞いてきた。将は首をブンブンと振った。

『そう……じゃあ、ぼっちゃん、何かお父さんから預かってない?』

こんどは大悟のほうが首をブンブンと振った。

『かわりにぼっちゃんが利息を払ってくれてもいいんだけど』

年配のヤクザがタバコに火をつけた。

『……そんなの、ありません』大悟はうつむいた。

『ウソつきは』

若いチンピラが大悟の首根っこをつかむと

『泥棒の始まりって』

そのままその顔を殴った。

『やめろ!』

思わず将は立ち上がって叫んだ。若いヤクザはまったく感知せず、倒れた大悟を蹴っている。大悟は身を丸めて耐えている。

『お友達のボク、このコはいつもウソをつくんだよね』

年配のヤクザが将に向き直る。

『うそつきにはお灸を据えないと――』

そういって、年配のヤクザは吸っていた煙草を大悟の肩に押し付けた。

『うあああっ』

じゅっと小さく音がして、大悟が悲鳴をあげた。

その恐ろしい様子を見てしまった将は思わず、その年配のヤクザに飛びつくと……とうとう一発殴った。

こんな風に人を殴ったのは初めてだった。ヤクザは油断していたのかそのまま倒れこんだ。

『小僧――』

若いチンピラが、大悟を蹴るのをやめて将に鉄拳を振り上げた。

大悟がそれを止めようとチンピラの腕にしがみつきながら、

『払います、払いますから』と叫んだ。

将は、起き上がった年配のヤクザに一発仕返しをされた。上級生のパンチなどとは違う。

将の頬から眼窩にもろに決まり将は壁まで飛ばされた。目から火花が散った。おかげで気絶する寸前だったのに

『これでも手加減してやったんだぜ、気をつけろや、ボクちゃん』

と見下ろされた。

大悟はポケットに残っていた札のうち1枚は自分のところに残して、2枚を出した……父から送ってきた全額にあたる。

すると若いチンピラは、2枚を受け取ると、大悟が残そうとした1枚も引っ張った。

『迷惑料だよ』

と凄んだので、大悟は指を離さざるをえなかった。

さらに、チンピラはまわっていた扇風機のコンセントも引っこ抜くとそれを抱えて、ようやく帰ってくれた。

殴られて倒されたままの将に、大悟が振り返った。

『ごめん。将。……あいつらたまに来るんだ。オヤジが利息を払ってないとかで』

将は何もいえなかった。殴られた目が開かない。

しかし、次に大悟は、ニヤッと笑って指差した。

『でもこれだけは見つからなかったぜ』

さっき畳にねじこんだ万札。

将は大悟の笑顔を見て、指を立てて弱弱しく笑顔を返した。

殴られた目は腫れあがり、完全に治るのに1週間以上を要した。

しかし、それ以来、将は人を躊躇せずに殴れるようになった。もともと基礎があった将である。急に強くなった。

おかげで、自分より弱そうな不良からカツアゲをするようになって、金回りもよくなった。

悪い仲間も増え、その年のうちに女も覚えた。

だけど、大悟との友情はずっと続いた。15歳で離れ離れになるまで。

今も……大悟とさまざまな冒険をした13歳の夏は将にとって忘れがたい思い出だった。

あんなことはあったけれど、かけがえのない友情はこれからも続く、と将は信じたかった……。