1日目の放課後特別補習は学力を確認したところで時間になった。
中学くらいまでの内容は完全なようだ。
今日は週末、明日はやっと休み……とホッとした聡は、
「じゃあ、来週から高校の内容をチェックしますね」
と本日の補習の終了を宣言した。すると将は明るい髪色の頭の後ろで手を組みながら
「別に今からやってもらってもいいけど。面白くなってきたし」
まだまだやりたい、と言い出した。
マジかよ、と思わず聡は眉根を寄せた。これ以上余計に働かせるなよ、と疲れた頭のもう一方で、
――勉強が面白いんだ、このコ。学校来てなかったのに。
と意外に感じる。たしかものすごく頭がよかった、ということも思い出す。
「鷹枝、先生にもまだ他の仕事もあるから、また来週な」
終了近くの時間に入ってきた多美先生が将に声をかける。
「あっそ」
「それから制服出来たら着てくるんだぞ」
「ハーイ」
一同は補習に使っていた教室を出た。出たところに、葉山瑞樹が座り込んで待っていた。
将が出てくるといかにも嬉しそうに立ち上がった。
「将。終わったんだ」
「……うん」
一緒に出てきた聡を気にしているようすの将に、瑞樹の瞳がキツく見開く。
「みんな待ってるよ。早くいこ」
瑞樹は無理やり将の腕をとった。
聡はその様子を見て、将はこの葉山瑞樹と付き合ってるのか、と少し意外に思った。
同時に瑞樹があの現場にいて、薄笑いを浮かべながら撮影をしていたことを閃光のように思い出す。
とたん、吐き気のような嫌悪感がこみあげてきて、聡は二人を見ないように、職員室へと踵を返し足早に去った。
将は、パーカーのポケットの中にある聡の携帯――チャンスがあったら渡さなくては、と持ってきていた――を握りしめて、聡の後姿を眺めていた。
「将、おっつ~」
井口が手をあげた。いつもの仲間は学校の最寄り駅近くのマックでたむろしていた。
「放課後補習とか、災難やね~」
カイトがポテトを差し出す。
「巨乳アキラ独り占めじゃん。ヤれた?」
ユータの冗談に
「バカか? ターミネーターが一緒にいるし。そんなことしたら消されるわ。うっ!」
将はポテトをくわえながらマックのテーブルの上に上半身倒れながら狙撃されるマネをした。
「ヤれなかった将君に、ハイ。おかず」
ユータが倒れた将の目の前に携帯を差し出した。画面には女のヌード画像が映っている……あのときの聡だった。
床に押し倒された聡は、胸もあらわに上半身の白い肌がむき出しになり、顔は悔し気にゆがんでいる。
「動画もあるんだよね、瑞樹……」
将は倒れたまま、ユータの携帯を素早く奪うと、黙ってその画像を削除した。
「なにすんだよ~!」
ユータが抗議の声をあげる。将はそれに構わず体を起こすと、傍らでシェイクを吸う瑞樹を振り返った。
「俺のカメラよこせ」
「えっ……」「早く!」
「俺の」といわれるまで、瑞樹はこのカメラが将のものであることをすっかり忘れていた。
忘れてしまうほど、瑞樹が自分のものとして使っていたカメラである。しかし将の剣幕に、瑞樹はかばんからおずおずとデジカメを取り出した。
将はデジカメを奪い取ると電源を入れ、一連の動画や静止画像を見つけ出し、削除してしまった。
「これ、ユータの他に誰に送った?」
将は鋭い視線で瑞樹に問いただした。
「あと……前原」
前原はそこにはいない。将に顎を殴られた前原は、昨日は出席していたが、今日は休んでいる。
なんでも顎にヒビが入っていたとのことで、今日午後から入院したという。
「前原? 本当にそれだけか?」
瑞樹はうなづいた。念のため井口やカイトの携帯を調べたが、確かに聡の写真は送られていなかった。
あのとき前原は、ケガをしているにもかかわらず、直後に瑞樹に画像を送れといっていたのだ。
ユータも画像を持っていたのは、近くにいて「じゃ、俺も欲しい!」と便乗したのだという。
前原は、聡に対して一番執着を見せていた。女を……特に、無理やりモノにするのが好きな危険なヤツだ。
しかもそのやり方は、睡眠薬を使ったり、複数で襲ったりなど、卑劣極まりない。
将がたしなめても「成人するまでは名前でないし。やりたいこと今のうちにやらなきゃ」などと居直っている。
しかし入院しているなら、当面の間は聡に悪さはできないだろう。将は少しだけ安堵した。
気づくと、瑞樹からの抗議の視線を感じた。
ユータもむすっとしている。場がしらけてしまった。
「……だから、俺はいつもいってるだろ。こういうことをされて、黙ってない女もいるって。警察にたれこまれたら捕まるのは、結局俺らなんよ」
将は肘をつくと、説教臭く言い訳をした。
「ほらー。将はそういうと思った。俺もああいうのは嫌い。あんま楽しくないじゃん」
井口が将に助け舟を出した。
顔が怖くてピアスだらけ、ガタイもでかいし、ケンカもパンチ力がある井口は、悪さをするやつのリーダーのように思われがちだけど、根は優しいのだ。
中学からつるんできた将はそれを知っている。
「だからさ、楽しく遊びにいこうよ! 金曜なんだし、みんなでさ、パーッと」
と井口は明るい声を出して、皆を盛り上げた。