将が自宅マンションに戻ってきたのは夜遅くだった。
ドアを開けた将の鼓膜に、対戦ゲームのBGMが大音量で響いた。あいかわらず、自宅マンションには「お友達」が勝手にあがりこんで騒いでいるようだ。今日はリビングにある大画面で対戦ゲームをして盛り上がっている。
その一団の中にいた瑞樹が将を見つけて、嬉しそうな顔をする。ごくわずかな目の動きだけど。
「将、おま、どこいってたの?」
カウンターキッチンで冷蔵庫から取り出したビールをあける将に声をかけてきたのは、顔面中ピアスで金髪の井口春樹(いぐちはるき)だ。将とは中学からの悪友だ。
「最近、まいにちいないじゃん。将がいないと盛り上がらないよ~。どこいってたの」
デカイ身長、怖い顔に似合わない口調で寂しがる。
一団の中の、将は知らないギャル系女子が「ちょっと」「将さん本当に帰ってきた」と囁きあっている。
「うみ。釣り」
将はビールをゴクゴク飲み下すと、短く単語で答えた。
「また釣りぃ?…じゃ魚は」
「あげてきた」
「あっそっ……ところで、将、新しい担任、結構かわいいの」
そういえば、今日は夏休み明けの始業式だった。高校にあがってからあまり学校にいってない将は、今気づいたが、同時にどうでもいい。「へー」と適当に相槌を打ちながら、飲み終えた缶を捨てる。
「そーそー。巨乳でさ。巨乳」
赤毛をツンツンにたてたユータが、自らの胸の前で手を丸く動かしてふざけた。クネクネとしたその動きが可笑しくて一同くすくす笑う。
「男ってあーゆーのがいいんだ。バッカみたい」
と瑞樹が呆れた風に冷たく言い放つのを背後で聞きながら、将はバスルームへ向かう。そこへ
「前のセンセイ、みたいにやっちゃおっか? 撮影会」
と大きめの声が割って入った。
将は、歩みをとめてゆっくり振り返った。前原茂樹が、ニヤニヤしていた。その濃いめのラテン顔は、まるで薬でもやってそうな風貌だ。その顔が企みを含んで、さらに悪くなっている。
「それは……ちょっと」とたじろいだ井口が声を出すのと同時に、
「つか、お前ら」将の声が割って入った。
「羽目はずしすぎなんだよ。……黙ってるやつばっかじゃないし。それからそこの女子」
ギャル系女子に向かって声をかける。え?あたしら?とギャルは顔を見合わせる。
「帰れ」
『ええ~っ』という抗議を、ギャル系女子は引っ込めた。
それほどの威圧感だった。
すごすごと、連れだって玄関に向かう。
「うちらなんか将さん怒らせた?」「わかんない」コソコソと聞こえたが、素直に扉の向こうに消えた。
前原は不満そうに立ち上がると、
「将、お前何いい子ぶってんの?」
とカウンターから挑発した。今日の「カモ」を逃がされて怒っている。将はそっぽを向いて舌打ちした。
「そうだよ、誰も垂れ込まないよ。動画ばらまかれたくないじゃん」
と瑞樹が将の正面にまわろうとした。
「…今日はお前ら帰ってくんね?」
「はあ?」
居合わせた全員が抗議の声を上げた。
「おい将、今からみんなで遊びにいこうって、お前を待って……」
とりなす井口にも
「俺、だるい。お前ら明日も学校だろ。あの出席ポイントでキャッシュバック学校」
と黙らせる。
将や井口が通う高校は、卒業時のポイントで生徒本人にキャッシュバックがある。真面目に出席するとポイントになるのだ。
井口が見かけによらず、真面目にポイントを貯めているのを将は知っている。どうしても卒業時にお金がほしいのだ。
トップの二人が乗り気じゃなくなったので、他の奴も黙った。