第2話 悪いお友達

 
将が自宅マンションに戻ってきたのは夜遅くだった。

ドアを開けた将の鼓膜に、対戦ゲームのBGMが大音量で響いた。あいかわらず、自宅マンションには「お友達」が勝手にあがりこんで騒いでいるようだ。今日はリビングにある大画面で対戦ゲームをして盛り上がっている。

その一団の中にいた瑞樹が将を見つけて、嬉しそうな顔をする。ごくわずかな目の動きだけど。

「将、おま、どこいってたの?」

カウンターキッチンで冷蔵庫から取り出したビールをあける将に声をかけてきたのは、顔面中ピアスで金髪の井口春樹(いぐちはるき)だ。将とは中学からの悪友だ。

「最近、まいにちいないじゃん。将がいないと盛り上がらないよ~。どこいってたの」

デカイ身長、怖い顔に似合わない口調で寂しがる。

一団の中の、将は知らないギャル系女子が「ちょっと」「将さん本当に帰ってきた」と囁きあっている。

「うみ。釣り」

将はビールをゴクゴク飲み下すと、短く単語で答えた。

「また釣りぃ?…じゃ魚は」

「あげてきた」

「あっそっ……ところで、将、新しい担任、結構かわいいの」

そういえば、今日は夏休み明けの始業式だった。高校にあがってからあまり学校にいってない将は、今気づいたが、同時にどうでもいい。「へー」と適当に相槌を打ちながら、飲み終えた缶を捨てる。

「そーそー。巨乳でさ。巨乳」

赤毛をツンツンにたてたユータが、自らの胸の前で手を丸く動かしてふざけた。クネクネとしたその動きが可笑しくて一同くすくす笑う。

「男ってあーゆーのがいいんだ。バッカみたい」

と瑞樹が呆れた風に冷たく言い放つのを背後で聞きながら、将はバスルームへ向かう。そこへ

「前のセンセイ、みたいにやっちゃおっか? 撮影会」

と大きめの声が割って入った。

将は、歩みをとめてゆっくり振り返った。前原茂樹が、ニヤニヤしていた。その濃いめのラテン顔は、まるで薬でもやってそうな風貌だ。その顔が企みを含んで、さらに悪くなっている。

「それは……ちょっと」とたじろいだ井口が声を出すのと同時に、

「つか、お前ら」将の声が割って入った。

「羽目はずしすぎなんだよ。……黙ってるやつばっかじゃないし。それからそこの女子」

ギャル系女子に向かって声をかける。え?あたしら?とギャルは顔を見合わせる。

「帰れ」

『ええ~っ』という抗議を、ギャル系女子は引っ込めた。

それほどの威圧感だった。

すごすごと、連れだって玄関に向かう。

「うちらなんか将さん怒らせた?」「わかんない」コソコソと聞こえたが、素直に扉の向こうに消えた。

前原は不満そうに立ち上がると、

「将、お前何いい子ぶってんの?」

とカウンターから挑発した。今日の「カモ」を逃がされて怒っている。将はそっぽを向いて舌打ちした。

「そうだよ、誰も垂れ込まないよ。動画ばらまかれたくないじゃん」

と瑞樹が将の正面にまわろうとした。

「…今日はお前ら帰ってくんね?」

「はあ?」

居合わせた全員が抗議の声を上げた。

「おい将、今からみんなで遊びにいこうって、お前を待って……」

とりなす井口にも

「俺、だるい。お前ら明日も学校だろ。あの出席ポイントでキャッシュバック学校」

と黙らせる。

将や井口が通う高校は、卒業時のポイントで生徒本人にキャッシュバックがある。真面目に出席するとポイントになるのだ。

井口が見かけによらず、真面目にポイントを貯めているのを将は知っている。どうしても卒業時にお金がほしいのだ。

トップの二人が乗り気じゃなくなったので、他の奴も黙った。