第15話 休日(1)

土曜日。聡には待ち焦がれた休日だった。

休日がこんなに嬉しかったことは聡にとって初めてだ。

とにかく精神的にも肉体的にも疲れた聡は、早朝にいったん起き上がって窓だけは開けたが、カーテンは引いたまま、ひたすらベッドの上でごろごろすることにした。

青いカーテンは、外の明るさを透過して、聡のいる部屋を海の底のようにしている。

風に揺れるカーテンが白い壁に水中にいるかのような濃淡をつくっているのを眺めて、聡は砂にもぐる魚のようにうとうとと夢を見る。

 

 
もう一度目がさめたとき、もう正午だった。

起きなきゃいけないけれど、まだけだるい、と寝返りを打った聡の目に、ローテーブルの上に置いた辞表がうつった。結局出せなかった辞表。

思えば怒涛のような1週間だった。二学期が始まって。就職した学校はとんでもない学校で。あげく生徒たちに「襲われかけ」て……。

聡の脳裏に思い出したくもないのに、そのときのことが自動再生される。

上半身をあらわにされて、胸さわられて。ズボンまでおろそうとされた。

――あれって絶対レイプ未遂、犯罪だよね。

あのあと、生徒の一人が「絶対やってやる」とか叫んでた気がする。

ぼんやりした頭でもゾッとする。あのまま進んでいたら……。

聡は考えるのをいったんやめて、リモコンでテレビをつけた。

テレビはちょうど正午のニュースをやっていた。

官房長官が何かを発表している。鷹枝康三官房長官……鷹枝将の父だ。

突然やってきて聡を助けた、あの鷹枝将。

聡はむくっとおきると、食い入るように画面を見た。

学校一の問題児といわれる将は、明るい髪をぼさぼさにして、耳にはピアスが光っていた。

そんな、不良らしい姿の将と、スーツで髪をきっちり整えた鷹枝康三官房長官は……印象こそ真逆ながら、顔立ちはよく似ていた。

東大生の山田と嘘をついて弁当屋に毎日のように通っていた、鷹枝将。……ということは親とは離れて暮らしてる?

発表の内容は頭に入らず、聡は鷹枝康三の顔を眺めながら、心はいつしか鷹枝将のことを考えていた。

 

ふいに、携帯電話が鳴った。

水曜日に新しくした携帯には、見覚えのない番号が表示されている。

いちおう出てみる。用心のため、声は出さない。

「もしもし。俺だよ、俺」詐欺のようなセリフを語るその声は……「鷹枝将」

将のことに思いをはせていた時に、ちょうど電話がかかってきて……聡は心臓が止まるほど驚いた。

「今から行っていい?」

「はあ?」思わず、教師の立場を忘れた地声が出る。

「渡したいものがあってさ」

「てっ……」

「つかもう外にいるし。センセイんち青いカーテンだろ」

動揺した聡は、携帯を手にしたまま、慌ててベランダに出る。手すりの下の道路にはサングラスをかけた将がいた。やはり携帯片手にもう一方の手を聡に向かって振っていた。

――ウソ。

「センセー、まだ寝てたの~?」

携帯越しの声に、聡は自分がノーブラのタンクトップ姿だということに気づいて、あわてて家の中に身を隠した。

「な、なんでここがわかったの!てゆかなんで電話番号知って」

「今からお伺いしま~す。じゃっ」

「ちょ、来ていいって言ってない、ちょっと、鷹枝くん」

聡の抗議の言葉は、伝えられないまま電話は途切れた。

 

聡は携帯を握ったまま焦った。

聡の部屋は、聡の1週間を表現しているようにぐちゃぐちゃだった。

寝乱れたベッド、掃除をするどころじゃなかった1週間で床には埃がつもり、着た洋服がそこら中にちらばっている。

台所には夕べの食器が洗わずにそのまま水に浸っている。

将は渡したいものがある、といっていた。

それが何かは知らないけど、とにかく玄関先で追い返さなくてはならない。

――と、部屋にはあげないにしても。

聡は自分の姿に気がつく。

ノーブラにタンクトップ、短パンは17歳の少年にはあまりにも挑発的すぎるだろう。

着替えようとクロゼットをあけると、今度はクロゼットの扉に貼り付けた鏡に、ぐしゃぐしゃの髪の自分が映る。

疲れていた昨日、乾かしきらずに寝た髪は逆立っていた。

聡は、キーっと叫びたくなった。

髪をポニテにまとめて、タンクトップをブラトップのものに変え、パーカーをはおり、少し長めのハーフパンツに穿き替えたところで。

……ピンポーン。チャイムがなった。