第3話 お仕置き

将が久しぶりに学校にいけたのは翌々日の午後だった。あの翌日から本当に台風が来たからだ。

しょぼしょぼ続く雨が止むのを待っていたら、もうとっくに授業が終わってる時間になってしまっていた。

なんで学校に来る気になったかというと、やはり新しい(巨乳の)担任を見たくなった、というのは大いにあった。

 
 

咎められたら面倒だ、と裏校門から学校敷地に入る。そのせいか誰にも会わない。

ちなみに将はジーンズにTシャツというラフな格好、つまり私服である。入学前につくった制服は、急に伸びた身長のせいであわなくなったからだ。

生徒には見えないので不審に思われそうなものだが、誰もいないので声をかけるものもいない。

とはいえ、体育館からわずかに掛け声が響いてくるので、部活動をしている生徒はいるのだろう。……今頃になってやっと太陽が顔をのぞかせた。

校庭の水たまりに夕陽が照り返し、まぶしいほどだ。

将は窓の外から職員室をのぞいた。しかし、それらしい新任の女教師は見えない。それどころか職員は概ね出払っているようだった。もしかしたら会議でもやってるのかもしれない。

将は窓をひらりと乗り越えて、勝手に職員室に入り込んだ。教師の机にはネームプレートがある。

――巨乳センセーの名前、きいとけばよかったな。

職員室には特に目を引くものもない――と、目に留まったもの。壁一面にずらりとあるモニター画面だ。全部消えている。

将はいたずら心でスイッチと思われるものをかたっぱしからONにしていった。

「へえ!」

思わず声を出してしまった。モニターには各教室が映し出されていた。

教室には誰もいないが、なるほど音楽教室や理科室、家庭科室には、それぞれの部活に励む生徒が映し出されていた。

ざわざわしていて明瞭ではないが音声も聞こえる。

「すごいね、うちの学校」

将は感心してモニターを眺めた。眺めながら習い性でタバコに火をつけようとしたそのとき。

「やめなさいーーー!」

という女の声が聞こえた。一瞬タバコを注意されたのかとハッとした。モニターの中からのようだ。

――んん?

将は目をこらした。モニターの中は平和だ。聞き違いかと思ったところへ

「誰かーーー!」「視聴覚室ーーー!」

と聞こえた。視聴覚室のモニターに異変はないが、将にはわかった。

……あいつら、まったく……!

将は、土足のまま、職員室を出た。夕陽が差し込んでオレンジに染まる廊下を視聴覚室へ走った。

 
 

視聴覚室のカギは、やはりあいていた。夕陽に目がくらんだのか真っ暗に見える。誰もいないようだ。目が慣れるとローヒールの靴が片足だけ落ちているのが見えた。

将はそれを拾うと、そのまま通り抜けて準備室のドアをいきおいよくあける。

「助けて!」ドアが開くのを待っていたように女の声が響いた。

群がっていた男子生徒――主に問題があるやつ――が一斉に振り返った。

男子の群れの中で、女が、組み敷かれているようだった。他校のやつもいる、というか女を押さえているのは他校のやつだった。

女の両脚を持ち上げて、そのズボンを下着ごと脱がせようとしていた前原も振り返った。

「ショウ」机の上に腰かけて、群がる男子生徒を見下ろしていた瑞樹が、反射のように将に声をかける。その手にはカメラがあった。

「……何やってんだ」

近くにいた井口に訊く。

「ちょっと撮影会よ」代わりに瑞樹が平然と答えた。

「……いや、この女、俺らのポイント操作しやがったんだ。だからさ、」

井口の説明はやや言い訳じみていた。将がこういうのを嫌っているのを知っているのだ。

しかし、キャッシュバックポイントのために学校に通っているような生徒たちである。そのポイントを減らす行為は当然、強い恨みを買うことは将にもわかる。

「……ポイントを? 例の新しい担任が?」

「だからお仕置き。そんなマネを二度とできないようにね」

瑞樹が言いよどむ井口に代わって説明した。

将は、組み敷かれている女の方をみやった。まだ目が慣れていない中で、両手を押さえられた女の、白い体がわかった。

あられもない姿とはこのことだった。すでに上半身は衣服は剥かれ、「巨乳」も丸出しになって、男子生徒の好奇の目にさらされている。

しかし女は、気丈にも、泣きもせず、新しくやってきた将を睨んだ。

——その顔は——。

将は驚いて一瞬目を見開いた。

あの弁当屋の……。

女の方も、将に気づいたらしかった。かすかに「……山田さ…ん?」と唇が動いた。

「あきら」……。

将が女をガン見したのを、むき出しになった体に欲情したのと勘違いしたのか、前原が、

「へっ。なんだったら、将が最初にヤってもいいぜ」

などといいながら、手をかけていた女のズボンを再度強引におろそうと引っ張り始めた。女が再度「やめなさい!」と声をあげた。

「やめろ、やめろってば!」

将は前原に駆け寄ると、女から引きはがした。将のけんまくに、女の両手を押さえていた男子の力がゆるんだ。

女はその腕を素早くふりほどいて、前原に抱えられていた腰をひいて、腕に残っていたジャケットの前を固くあわせた。

「なんだァ?」

前原が眉根を寄せて不満を声にする。

「…っんだよー、いいところだったのに」
「……やめとけってば。こんなこと」

「大事なポイントいじられたお仕置きじゃんよ。なんで邪魔すんだよ」
前原は、立ち上がりながら将に凄む。

「とにかく、やめろ」
凄む前原に調子をあわせず、将は平たんな口調で命じる。

「は?わけわかんねー」と前原は、外人のようなジェスチャーをした。直後
「つか、ちょっとぐらいいいじゃん。ここまできてんだからさあ」と再び覆い被さろうと女を組み敷いた。女が悲鳴をあげた。

「やめろと」

将は前原の襟を後ろからぐいっと引き、女の身体から引きはがすと

「言ってるのが」

素早く胸ぐらに持ち替え、

「わからないっ?」

拳をその顎に下から食らわせた。ゴキっという嫌な音がした。前原の口から何かが飛び出して空中へ高く飛んだ。

飛び出して床に落ちたものは歯だった。下の前歯が殴られた拍子に抜けたのだ。

仲間がやられたのに「すげえアッパー」とつぶやく声さえあがった。

前原は口から血を流してその場に倒れこんだ。

「無駄な暴力使わせるなよ」将は言い捨てた。

「将、まあそのくらいでさあ」と井口がとりなした。

一同は、退散した。瑞樹だけが、

「将、あとで行くから」と部屋を出る前に声をかけた。

 
 

    
残された女は、腰が抜けたように立ち上がれないようだった。

今になって震えが来たようだ。……涙も。

不良男子に組み敷かれている間は、気丈にふるまっていたのに、いったん涙があふれると止まらないようだった。

震えながら、涙を手の甲でしきりにぬぐう。それを、見られまいと将から肩を背ける。

将は肩をふるわせて泣いている女――「あきら」の後姿にそっと近寄った。

電気もついていない視聴覚準備室は次第に夕闇に沈みつつあった。

「大丈夫?」

女の肩の横より先に進めなかった。

目をしきりに手の甲でぬぐいつつも、頬のあたりが涙で濡れている。

その乱れた髪、首の横のあたりに、くちゃくちゃになったガムがひっついていることに将は気がついた。

取ってやろうと将は聡の首筋に手を伸ばした。

次の瞬間、視聴覚準備室に

バチーン!

と派手な音が響いた。女が将の頬をありったけの力で、はたいたのだ。

ぼうぜんとした将の口の端から、つーっと血が一筋流れた。