第111話 同棲開始(1)

 
将の足の経過は、若いだけあって極めて良好で、本人も希望もあり、土曜日に退院することになった。

おかげで聡は土曜の午前中、部屋の整理や、片付けに追われることになった。

そう、結局、将は聡の部屋に『暫定的に』一緒に棲むことになってしまったのである。

昨日、将は

「一緒に住むっていったって、この足だぜ。変なことできねーし」

といって笑いながら聡の頭をくしゃくしゃと撫でた。

たしかに、退院するとはいっても将の足は、松葉杖がとれるまで、まだ2週間はかかるとのことだ。

それまで、足は大きなギプスに覆われていて、当然、寝るときなどは姿勢を変えないほうがいいのだ。

なお走ってもいいほどの完治までは2ヶ月弱かかるらしい。

聡は、自分の下着や生理用品を、将の目の届かない場所に隠すようにしまいながら『寝ていない、だけど相思相愛の二人』の同棲が、とても難しいことのように感じた。

おまけに、昨日から聡は生理が始まってしまった。狂ったわけでなく予定通りの日程なのだが、さっそく血で汚れたものをどこに置くかで悩むことになった。

いままではトイレと一緒になったバスルームの片隅に汚物入れを置いていたのだが、なんだか目立つような気がしてならない。

結局他に置くところがないからそこに置いたままになるのだが……。

これが、もし一線を越え、体のすみずみまで触れ合い、目にしているような状況なら、こうやって女性特有のものを神経質に隠す必要もないのではないか。

しかも、二人は社会的には担任教師と生徒なのだ。事情があるとはいえ、一緒に暮らしていることがバレたら一大事だ。

聡は、この狭い8帖のワンルームで、将と身を寄せ合うように暮らせる幸せに酔う暇もなく、初めての同棲に対して緊張していた。

 
 

 
聡が、片付けに心を悩ませている頃、将は退院していた。

いちおう義母の純代が迎えに来たが、マンションの部屋まで送り届けるだけになっている。

ちなみに、先週から将のマンションに居着いている瑞樹は、中絶手術のあと、ずっと学校を休んでいたが、この日は小山の祖母の家に行き、部屋を一時的にあけてくれることになっている。

タクシーの中で、純代は

「将……。本当に大丈夫なの?そんな足で、独りで平気なの?」

と訊いた。

……どうせ、うるさがられる、と思っているのか淡々とした口調だが、いちおう眉のあたりに心配そうな表情が浮かんでいる。

将もまた、

「お手伝いの××さんが松葉杖の間だけ、毎日来るんだろ。全然平気」

と淡々と答える。

お手伝いの××さんには、マンションには瑞樹が住み着いて、かつ、それを両親に絶対にもらさないように、と言い含めてある。

もともと、お手伝いさんの××さんは、曽祖父の巌のツテで来るようになった者だから、将に対して忠実だ。

 
 

 
マンションに着いて、心配そうな純代を追い返してしまうと、将は部屋の中から、当面必要な着替えなどを出して荷造りをした。

聡との同棲は嬉しくてたまらないが、松葉杖をついての行動はいちいち不便だ。

左足を大きく曲げられないので、クロゼットの下のほうの引き出しをあけるときなど、とても苦労した。

洗面台からは気に入ってる電動歯ブラシやら髭剃り、ヘアムースなどをリュックに入れ、次に寝室で気に入ってるCD数枚を持っていくべく探す。

だいたいはラックにあったが残り1枚がどうしてもない。

そういえば、歌詞カードを寝る前に眺めたかも、と将は松葉杖の不自由な足をひきずって、ベッドサイドにまわるとスタンドの下の引き出しを開けた。

目当てのCDはそこにあった。

しかしそれと一緒に、コンドームが何枚か入っていたのを見つけてしまった。

……この足だ。まずそういう行為はできないだろう、自粛すべきだと自分でもわかっている。将は、一瞬悩んだが、やっぱり念のためにそれをリュックに放り込んだ。

冬だから着替えがかさばる、というのもあり当座のものだけで、大き目のリュックはパンパンに膨れた。

それを背負うと、将は部屋を出てタクシーを拾った。

 
 

ピンポーン。玄関チャイムが鳴る。

――もう来た!

片付けは出来ているのに聡はあせった。あわててドアに駆け寄る。

案の定、そこには松葉杖をついた将が微笑んでいた。松葉杖で3階まで登るのに苦労したのか頬が紅潮している。

「今日からお世話になりまーす」

ドアのところで将は、神妙にペコリと頭を下げると、軽くウインクした。

といっても狭い部屋だ。将は勧められてベッドの上に、壁に寄りかかって足を投げ出すように座ると、あらためて部屋を見回した。

座っているベッドのすぐそばの床に、新しい布団がたたんである。

「アキラ、布団買ったの?」

とキッチンで紅茶を入れている聡に問い掛ける。

「うん。無印の安いのだけど、敷布団だけ。将が私のベッドと掛け布団を使って、私はその敷布団に毛布とタオルケットを重ねてかければ大丈夫かなーと思ってね」

「ええー、一緒に寝ないの?」

将は抗議の声をあげた。

「だって、そのベッド狭いじゃない。私、寝相あんまりよくないから将の足を蹴るかもしれないでしょ」

「別に、そんなのいいのに……」

聡からマグカップで紅茶を受け取りながら将は小声でつぶやいた。

「これ、着替えとかでしょ。片付けようか? クロゼット、将のスペース少し空けたんだよ」

聡は自分の分の紅茶をテーブルに置くと、将のリュックのジッパーに手をかけながら訊いた。

将は、聡が自分を部屋に受け入れる用意をしてくれていたのを聞くと、とても嬉しくなった(布団はあまり嬉しくなかったが)。

「そのまえにさぁ」

将は、湯気の出るマグカップから顔をあげると、上目遣いで聡を見て甘えた声を出した。

「今日、チューしてない」

「え……」

聡は顔を少し赤くした。

「アキラ、おいで」

将の声に操られるように聡は、将が座るベッドの隣に座った。

将の指が聡の紅潮した頬を持ち上げる。素顔の頬のすべすべとした感触、柔らかい髪の毛の感覚を確かめるように将は指でいとおしむと、吸い寄せられるように聡の唇に自らのそれを重ねた。

最初は、お互いの唇の感触を確かめるように浅く、軽いものを。

「やっぱり、チューは毎日しないとね」

鼻先がくっつくような至近距離で笑った。

「毎日?」

聡もくすっと笑って訊き返した。

「毎日最低3回、同棲の鉄則でしょ」

将は囁くと、聡を再び抱き寄せた。こうしていると、聡はやはり一緒にいることの幸せを感じずにはいられない。

これが、しばらく毎日続くのだ。

聡は体の中心が、幸せのあまり、うずくように震えるのを感じた。

……最初は、あの避難小屋のベンチのときのように、隣に並んで体をよじって深く口づけをしていたが、じきに、聡は将の投げ出した足の上にまたがるように正面にまわった。

将の足の不自由さが脳裏にあっての聡の行動だが、将はその大胆なポーズに、驚いたように眼を見開いた。

しかし、将の腿にまたがるように立てひざをした聡は、そんな将の顔を手のひらで包みこみ、上から改めて今度は聡のほうから将に口づけをする。

将は、そんな大胆な聡に、大きくときめいた。

大人の女ならではの、天衣無縫かつ大胆無敵な色気を聡に垣間見た気がしたから。

そして、聡が恥じらいを捨てて、そんな様子を出すのは、自分を愛し、信じているからこそだろう、という結論を出す。

将はそんな聡に答えるべく、聡の口づけに自らを任せつつ、手は聡の背中から腰を撫でた。

華奢な背中はなだらかにそり返り、それに手を添わせていくと、急にジーンズの固い生地に覆われた弾力が現れる。

たぶん、後ろに突き出すようにした聡の腰だ。そのセクシーなポーズを将は見ることをできないが、撫でる手で十分に感じている。

聡の後ろにまわした将の手は、ニットをまくると、ローライズのジーンズの下に息づく、2つの弾力をじかにさぐった。

ジーンズがゆったりとしていたせいか、将の両手はすべすべした肌に導かれてすっぽりと聡のジーンズの中に入ってしまった。

それは、搗き立ての餅のように柔らかい胸のふくらみに比べるとかなり固い張りがあり、ひんやりとしていた。

しかしすべすべしているのは変わりない。将が手をいっぱいに広げた中にようやくおさまるほどの締まったヒップだ。

「あ、ダメ」

聡は、唇を離して、いきなり場違いな声を出すと、腰をひいた。

「ごめん……。今、生理中なんだ」

バツの悪そうな顔で、聡は将から離れた。