第149話 耳掻き

陽光はますます温かい色を、聡の部屋の木の壁に映している。

そんな中、将と聡はテレビを見ていた。壁に寄りかかって足を投げ出した聡の腿に将が頭を乗せて……つまり膝枕の状態だ。

天気もいいことだし、ドライブに行ってもよかった(社用車だけど)。

清里とかの観光地もここからは近い。だけど将はあいかわらず不自由な半ギプス足だ。

そんなこともあって二人は昼食を食べたあと、山の学校に帰ってきてゴロゴロすることに決めたのだ。

テレビは、祝日とはいえ平日と同じプログラムで、ワイドショーをやっていたが、それもさして大事件はないらしく、建国記念日がらみなのか皇室関連のことなどをのんびりと放送している。

6畳間は、大男の将が寝そべるといっそう狭い。

だけど二人には親密な空間ともいえなくはない。

「将、絶対背のびてるよね」

聡は将の髪の毛を優しく撫でながら呟いた。

背も伸びたけど、髪も最初の、海でびしょびしょになって遊んだ頃より少し長めになっている。

こめかみからうなじへと髪を繰り返し撫でる。

ボサボサにしているけど男の子にしてはしなやかな手触りで気持ちがいい。

自然な茶色にカラーリングしているのは聡と同じだ。

『中1から中2ぐらいまで、本当に金髪にしてたんだぜ。ロンブーの亮ぐらいの』

と聞いたことがある。眉の濃い将の金髪姿を想像するのは難しい。

今は普通の色になった髪を陽に焼けた耳の後ろに髪をかけるようにする。

耳にはピアス穴が3つあいている。だけど、今ピアスが入っているのはそのうち1番下の1つだけだ。

と、将が小指をたてて自らの耳の穴に突っ込んでぽりぽりと掻いた。……無意識らしい。

「将、耳掘ってあげようか」

聡は将に声を掛けた。

「やって、やって」

将は嬉しそうに一度起き上がった。

聡はポーチから耳掻きを取り出した。

耳掻きが好きな聡は、毎日のように欠かさないのでいつもそれを持ち歩いているのだ。

自分の耳掻きで赤の他人の耳を掘るなんて、本当だったら絶対嫌なはずだが、何故か自分から言い出してしまった聡。

耳掻きを共有できるほど……好き。

頭の中に浮かんだヘンな言い方に聡は、ふっと微笑む。

こんな日常の中に、たくさんの『好き』がひそんでいる。

そんな思い出にもならないような1つ1つを積み重ねて、二人の関係はいつか確固たるものになっていくのだろうか。

耳を剥き出しにして、将は再び聡の腿にワクワクした横顔を載せた。

「いくわよ」

なぜか声を掛けてしまったことに、なんだか聡は恥かしくなった。

とってもエッチなセリフを吐いた気がするが、気を取り直して、耳掻きを将の耳の中深くに侵入させる。

「おお」

将は一瞬、ぴくっと背筋を震わせた。気持ちがいいらしい。

「わっ!」

しかし、聡のほうは、将の耳の中から取り出した耳掻きを見て驚きのあまり声を出した。

大きなゴミが耳掻きから落ちそうなほどに掻き出された。

聡は、それを将の頬っぺたにいったんなすって、もう一度耳掻きを侵入させる……そのたびに面白いほどにゴミが取れる。

「将、……訊くけど、いつから耳掘ってない?」

「……あ~、いつだろ。高校入って1回は、やったと思うけど」

再びの耳掻きの侵入に将が背筋を震わせ、足先をもじもじさせる。

「あきれた。よく聞こえが悪くならないわね」

「えー、俺、耳いい方なんだけど」

聡は丹念に将の左右の耳を掘り起こして、さらに最後に、綿棒を使って消毒液で拭き取るところまでやった。

自分の耳でもなかなかここまではやらない。

「ほら、出来た!」

聡は将の頬っぺたに山盛りになった白いゴミを自分の掌に移すと、将を起き上がらせた。

「あ~、気持ちよかったァ。最高ッ」

将は気持ちよさそうに伸びをすると、聡の頬に軽くキスをして

「今度は俺が聡のを掘ってやるよ」

と向き直った。

「え~、あたし昨日やったから、いいよ」

「いいじゃん。新しいゴミが入ったかもしんないだろ」

と将は、強引に聡を自分の腿の上に横たえた。

窓から差し込む陽の光がちょうど、横になった聡の上半身に差して、すぐに翳った。

横たわった聡は、上目遣いで窓を見た。青い空に浮かぶちぎれ雲が太陽を隠したところだった。

大きくないからすぐに出てくるだろう、と思ったら案の定、雲のふちが眩しく輝き、太陽が顔を出した。

再び差し込んだ光に、聡の耳が浮かび、思わず将はごくっと唾を飲んだ。

明るすぎる午後の光に、透けるような色で軟骨による複雑な曲線を描きだしていた。

それは桃の実の表面のような、輝く細かい産毛に覆われている。

ふっくらとした耳たぶは、うっすらとした桃色。そこは何度か将が舐めた場所だ。

耳介の下からは、青いほどに白いうなじが始まっている。

細く、たよりない、うなじの生え際の毛。

耳介の下の日陰に生える隠花植物を思わせるようなひっそりとした毛は、金曜の夜に至近距離で見た誰にも見せない部分のちぢれた毛よりも、見ようによっては淫らだった。

将はますます昂ぶった心を押さえるように、耳掻きを、やや桃色の聡の耳の中へ、そっと『侵入』させる。

「くすぐったい」

聡が低い声で笑った。

将は、いつのまにか息をとめて、耳掻きに神経を集中させていた。

昨日、掘ったばかりだという聡の耳からはほとんどゴミは出ない。

耳掻きは、いつのまにか、聡の中に入れない将自身の代役になっていた。

「……気持ちいい?」

将は、低い声でゆっくりと訊いた。

「うん。すっごく」

聡は横顔で頷いた。少し笑いが混じった声は、まるで将の中で暴れる欲望に気付いていない。

将は繰り返し、聡の耳の穴に、耳掻きを出し入れしていたが、徐々に『代替』品で収まらなくなってきた。

聡が向きを変えたのをいいことに、あいている左手をそっと伸ばす。

聡はすぐに横顔のまま、将を見上げて、いたずらっぽく笑いながら

「なあに?この手は」

と自分の胸をまさぐりはじめた将の手に自分の手を乗せた。

将は答えない。

右手は耳を掘り続け、左は服の上からその柔らかさを確かめながら、聡のセーターをずりあげていく。

「エッチ」

聡は上目遣いの笑い顔でそういうと、将の膝の上から体を起こした。

そのまま呆けた顔のままの将の唇に軽く口づけをした。

 

「……ダメってば。沢村さんにわかっちゃう」

聡は自らの快感にも抵抗するように、『沢村さん』の固有名詞を出しながら、セーターの裾を元の位置に戻した。

そうしないと、ずるずると引きずられてしまいそうで。

「……アキラ、今週末何の日だか知ってる?」

「あっ……。バレンタイン?」

将を見つめる目はせつなげに潤み、頬は赤く紅潮していた。将は聡にそっと口づけをして

「俺、チョコいらないから、アキラがほしいな」

といたずらっぽく懇願した。

「だめよ。……将」

「18じゃないから……ていうんだろ。いいじゃん、前倒しで、さ」

将は、あいかわらず、笑顔のまま、そういいながら、聡を押し倒した。

「そんな……ダメだよ、やっぱり」

「ケーチ。でもそういうと思ったんだ」

聡の上にのしかかっていた将は、聡の横にどっかと横になった。

そのまま聡を後ろ向きで抱き寄せると、そのままセーターの裾から手を侵入させて、聡の裸の胸を愛撫し続ける。

「だから、おっぱいだけ。……いいじゃん?」

将は聡の耳に囁いた。耳掻きのおかげでそのセクシーさに気付いた耳。

聡のからだは……あちこちにこんなふうなセクシーが潜んでいるのだろう。

簡単に1つになってしまったら気付かなかったかもしれない。

『じらされている』状態を将は肯定的に楽しむことにした。

まだまだ聡と二人の長い人生はこれからだ、と将は信じているから。

「将ってば、もう」

聡のほうは、そういいながら別段抵抗もせず、好きなように自分の体をまさぐる将に身を任せていた。