第41話 寝室(2)

眠る将の額に浮かぶ汗をふき取りながら、聡は葉山瑞樹について思い出してみた。

休みが多い彼女だが、案外強い印象がある。黒い長い髪を持ち、印象的な瞳を持っていた彼女はひょっとすると聡より美人かもしれない。

しかし、聡に対してつねに無視というか反抗的なムードを漂わせていた。あの、将来についてのアンケートも提出してなかったはずだ。

彼女が、将と関係があった。『セフレ』として。

――何なんだろう、そのセフレというのは。

さして好きでもない相手と性欲処理のために寝る。聡には理解できなかった。

異物の侵入を許し、あまつさえもそれで出来たものを9ヶ月あまりも育てなくてはならない、そんなリスクがつねにセックスという行為に伴う女という性。

少なくとも女性のほうは、多少は相手に好意がないと無理だ、と聡は思う。

だから、瑞樹が将のことを好きなんだろう、ということは井口に言われなくてもわかる。

おそらく、聡にあんなことを計画するほどまでに、激しく恋していたのだろう。

そして将は、そんな彼女を利用していたのだ、性欲処理に……。

聡は寝ている将が少し憎たらしく、汚らわしくなった。

――たかだか17歳のくせに、セフレって何よ。

「将のバカ」

聡は思わず口に出してしまって、自分の声に驚く。

幸い将は、声に起きることもなく、口をあけて眠り続けている。

聡は罪滅ぼしのように、再び将の汗をぬぐった。

もう17だ、同じ学年のガールフレンドがいるくらい、当たり前だ、驚くこともない。

自分に言い聞かせる。が、聡の心はよじれていく。

――いくつから女を知っているのか、今までに何人と関係があるのか。

こんなこと、博史のときには思わなかった。

過去の女を思わせる行動の端々に嫉妬したこともある。

が、聡より8歳も年上の博史が女性経験が豊富なのは、年をとれば皺が出来るように自然なことだと思っていた。

だが逆に9歳近く年下で10代の将が、すでに清らかでないという証拠を目の前にたたきつけられた今、心が激しくざわめく。

もちろん童貞だなんて絶対思ってなかったけれど。だけど『セフレ』がいたという事実は嫌だ、許せない。

そして、聡は気が付く。

こんな嫌悪感を抱かずにいられないほど、将のことを愛してしまっている自分に。

 
 

  
将の額に再び手をかざす。まだ熱いが薬を飲んだせいか、少しましになっている。

枕の氷が溶けているのに気付き、キッチンへ替えの氷をとりにいった聡は、カウンターの上に置かれた包みに気がつく。

水分を含んでふにゃふにゃになった水色の包みには、やはり濡れてしおれた紺のリボンが掛かっている。

そして”Happy Birthday” と印刷された二つ折のカードがこれまた水分でよれてリボンに引っ掛かっている。

包みを開けると、可愛らしいペアのマグカップが入っていた。

聡は、カードを手に取って開けた。

見覚えのある将の字があった。

 
 

  
 26才おめでとう、聡。

宇宙一愛する聡が、世に生まれ出たこの日に感謝!

月並みだけど、聡は僕の太陽だ(照れるぜ)

聡と昨日みたいに何度でもKISSしたい。

 

  
  聡がいてこその将

 
 

  
店のマーカーで急いで書いたと思われるやや雑な将の字。

ブルーのインクは包み同様濡れたのか、にじんでいる。その上に新たに雫が落ちた。

聡はもはや、目からほとばしり落ちるものを止めることはできない。

真面目に書いたと思われるクサい文言だけでなく、命がけで自分を守った将の愛情が心に迫った。

愛されている。これ以上ないほどに。何を嫌悪することがあったのか。

幸せなのに、せつなくて、涙はつぎつぎと湧き出してくる。

制御できない感情があふれだすように、涙が止まらない。

聡は顔を覆って、むせび泣いた。

 
 

聡は深夜から翌日にかけて精力的に将の看病をした。

口の中を切っていて、かつ気管支が炎症を起こして痛い将のために、ポタージュやジュースをつくり、薬を飲ませ、汗を拭き、氷を替える。

土日の2日間、聡が精力的に看病したおかげで、将の容態は落ち着きを見せはじめた。

気がつくと聡は将のベッドの端に肩から上を預けて眠っていた。

もう日曜の日はすっかり落ちて、再び夜になっている。

スタンドをつけて、眠っている将を見ると、アザは残るものの顔の腫れはだいたい引いた。

聡は将の額に手を置いた。熱はかなり下がったが、着ているものが汗で湿っている。

聡の手で将は目が覚めた。

「……アキラ」

声はあいかわらずかすれ気味だが、瞳は透明だ。まっすぐ聡のほうを見ている。

「あ、起きた?ちょうどよかった、着替えようか」

うなづく将の体を起こすのを手伝って、替えのTシャツをバスルームから持ってくると、将は自分でパジャマの上を脱いで上半身裸になていた。

「ちょっとまって」

聡は暖房を再び強くすると、給湯器の熱いお湯でタオルを湿らせたものをいくつか持ってきた。

「汗で気持ち悪いでしょ。ちょっとだけでも拭いたら違うから」

そういうと聡は将の裸の上半身をタオルで拭き始めた。すこしドキドキする。

贅肉というものがついていない、流れるような筋肉に覆われた将の裸。

がっしりとした肩や、筋張った首筋、関節など、汗をかいていそうなところを先に拭く。

「くすぐったいよ、自分でやるよ」

我慢していた将だが、ついに笑い出す。将はタオルを聡から受け取り、自分で脇の下を拭いた。脇も体毛もそれほど濃くない。

――体毛が濃くない人は、性欲も薄いんだっけ?

聡は変なことを思い出した自分に少し恥じ入った。まだ『セフレ』という単語がひっかかっているらしい。

「じゃあ、背中を拭くね」

といった聡は背中を拭こうとして、あの傷跡を目にして、動きを止めた。

「……アキラ?」
「あ、ううん。なんでもない」

「ヤケドのあとだろ」

聡はうなづいた。聞いちゃいけない気がしたが、黙ってるのも不自然なので、何気なく聞いた。

「どうして、ヤケドしたの?」

将は静かに目を伏せるように答えた。

「俺んち、昔、爆破されたんだ。そんときの傷」