将は思い切って話を切り出すと、本題を一気に話した。
瑞樹のお腹の子の本当の親は、鑑別所に入っている前原か、瑞樹の義理の父のどちらかだということ。
そして瑞樹は小5から義理の父に犯され続けていること、そして幼少の頃から虐待を受けてきた瑞樹の家庭環境……。
聡はだまって将の話を聞いていた。
その内容のあまりのどぎつさに、顔が徐々にこわばっていくのがわかった。
「……アキラ、だから、せめて俺が入院している間だけ、マンションにアイツを泊めてやることにしてるけど、でも……」
「わかった」
意外にも聡の返事は冷静だった。逆に将は心配になる。
「俺の女はアキラだけだから」
不安が消えない将は、念を押した。
「うん……」
将の不安どおり、隣に座る聡の頤はどんどん下を向いていく。
「……アキラ?心配?」
「ん……」
聡は顔をあげると一瞬将の顔を見た。
そのときの聡の表情は、巷で人気のあるうさぎや猫のキャラクターを思わせるような、無表情で……目だけが何かを言いたげだった。
すぐに下を向くと、
「将の気持ちは心配してない。だけど……」
ゆっくりと語り始めた。
「ごめん、私、葉山瑞樹さんの言ってることが本当かどうか、まだ信用できない……」
将は当然だと納得する。瑞樹のせいで、輪姦寸前のひどい目にあったし、ついこないだもウソをつかれているのだ。信用できなくて当然だ。聡は下を向いたままふっと笑うと
「教え子を信じられないなんて、ダメ教師だね」
「アキラ……そんなことないって」
将は寄りかかったまま聡の頭に手を置くと、髪をくしゃっとしたまま、自分の肩へ引き寄せる。聡は無抵抗に、将の肩にもたれるように一緒にベッドに寄りかかった。二人寄り添ってベッドにもたれかかる。
「アキラ、……ごめんな。気分よくないだろ」
聡は無言で首を振ると、付け加えた。
「別に、将と葉山さんが、同棲するわけじゃないし……」
「アキラ……」
「だけど、仮に、葉山さんの話が本当だとして……将が退院したらどうするの……?」
「そうだな……」
将は、聡の髪を撫でながら、空中に視線を遊ばせていたが、ハッとして、寄りかかっていた上半身を起こした。
「そうだ、アキラ!」
そしてまだ寄りかかっている聡を振り返る。
「退院したら、俺たち一緒に住もうよ!」
けだるい雰囲気で寄りかかっていた聡は、将の突拍子もない提案に、目を丸くした。
「将ってば、何言い出すの?」
「俺んちに、瑞樹が住んでさ、俺はアキラんちに住むの。これって名案くない?」
将は、思いついた計画を意気揚揚と聡に話した。
「ええー、そんなのありえないでしょ」
「なんでー、ぜんぜんアリじゃん。俺とアキラは愛し合ってるんだし」
「何いってるのよ。教師と生徒の同棲なんてありえないで……キャ」
将は、またいきおいよくベッドに寄りかかると、聡をぎゅっと抱き寄せた。そして再びキスする直前のような至近距離に顔を近づける。
「俺……前から思ってた。アキラと暮らしたいって。アキラと1つ屋根の下、いっつも一緒にいられたらって……」
それだけ言うと、将は聡の肩に顔をうずめるように抱きしめた。
「これってチャンスじゃん」
「ちょっと、待ってよ!将!」
聡は、抱きついた将を思い切り振り払った。ちょっと力が入りすぎたらしい。左足が動いたのか、将は一瞬顔をしかめて
「イタタ……」とうめいた。
「……大変、大丈夫?」
聡は、ベッドの上でおろおろと、将の顔とギプスの足を見比べた。
「大丈夫。ちょっと動いただけ。……アキラ、俺と暮らしたくないの?」
「そういう問題じゃなくて!」
聡はそういいながらも、将と暮らしている様が一瞬にして頭に広がるのを感じた。
朝から晩まで、将と一緒にいられる。
毎日、将と一緒に目覚める。
聡が作った料理を将が食べる。
萩の実家のときのように二人で並んでキッチンにたつのもいい。
きっと将はコーヒーを淹れてくれる。
将の隣で一緒にテレビを見て笑う。
将の隣で寝れる……。
寝る、といえば当然……。
たぶん一緒に住んだら絶対歯止めが利かなくなるだろう。想像はポン菓子のように一気に膨れ上がり、聡はハッとした。
――何、私ってば、現実感のない少年のたわごとを本気にしてるんだ!
とプルプルと頭を振る。
「アキラァ?……さては、またエッチなこと考えてただろ」
聡の顔を観察していた将が笑い声で指摘した。
「や……そーじゃなくて。そうじゃなくて」
聡は、あわてて反論したが、急に教師の声を取り戻して
「……家庭訪問してみる」
と発言した。まだ将のベッドの上だ。
「ハ?」
いきなり教師モードになった聡に、将は目を丸くしてキョトンとしている。
「葉山さんの自宅を訪問してみる。……それで、あのコが言ってることが信じられるか確かめてみる」
聡は、乱れた髪や服を正しながら、宣言した。
とりあえず、彼女の言動を確かめることが先決だと思っていた。
葉山瑞樹の家庭訪問は、木曜日になってしまった。
風邪で早く帰っていた先週の仕事を火曜、水曜で片付けなくてはならなかったからだ。
当日は放課後の補習を休みにして、授業が終わると聡はさっそく瑞樹の自宅へ向かって学校を出た。
1月の夕方4時すぎは日没間近で、玄関を出るなり暖かそうな西日の色に似合わない北風が、聡に吹き付けた。その冷たさにマフラーを顔までずりあげながら校門を出たところで……。
「ワッ!」
急に背の高い人影が聡の前に立ちはだかった。眼鏡がキラリと反射して足が4本ある?
「……、ギャーッ!」
逆光で顔も見えず、聡は思わず大声を出して、腰を抜かした。
「バカだなあ、俺だってば、俺」
声に目を凝らす。……将だった。松葉杖をついた将がなぜか眼鏡をかけて、そこにいたのだ。ダッフルの下は制服を着ているようだ。
「ちょ、ちょっとおどかさないでよ」
聡は深いため息をついて、次の瞬間『ん?』と気付いた。
「将、なんでこんなところにいるのよ。病院は。しかも何で眼鏡?」
「ああ、これ?優等生に見えるだろ」
将は、黒ぶちの四角いフレームの眼鏡をはずした。裸眼1.2の将だから当然、ダテめがねだ。ピアスもはずし、制服もいつもと違って、ピシッと着ている。
「足は!病院はどうしたのよ!」
「テストってウソついて、外出許可もらった」
将はニヤっと笑うと舌を出した。
「なんで、そんな必要があるのよ」
「アキラが心配だったから。学級委員役として葉山さんの家庭訪問に同行しまーす」
「そんな茶髪の優等生なんていないと思うけど」
「えー、これぐらいのカラー普通だぜえ」
聡はあきれながらも、少しだけ胸がじん、とするのを押さえられなかった。
「俺も、アイツが本当のこと言ってるのか、ちょっと自信ないし……確認したいってのある」
と言っているが、再婚相手の娘に手を出すような常識に欠けた男と、ひょっとして二人になるかもしれないから、と心配してくれたのだろう。
「でも……足は大丈夫なの?」
「どうせ、本当は1週間で退院できるんだから、かまわないよ。リハビリだって土曜からやってるし。さ、いこうぜ」
最近は手術の直後からリハビリをさせられると、聡も聞いたことがある。
将は、ちょうどやってきたタクシーに向かって、手をあげた。