「せっかくだから、みんなでもう1回撮影しよーぜ!」
二人の写真を撮りおわった将は、聡のまわりに集まっていたクラスメートにことさら明るく呼びかけた。
ちなみに整列してのクラス写真は、先ほど、式が始まる前に撮影している。
これは、あとで配布される卒業アルバムに掲載されることになっている。
だが、聡を囲んでもう一度、今度は、みんな好きなポーズと笑顔で写真に収まるのも悪くない、と皆賛成した。
そうと決まると皆わいわいと、自分の位置を主張し出す。
「男子パターンと女子パターンでわけようよ」
「何回か撮ったらいいよ」
「先生は椅子に座ってもらおうよ。お腹大きいんだし」
などと意見が飛び交う中、将は小さな異変に気付いた。
みな子がいない。
将はあたりを見回した。
だが……みな子のスラリとした姿は、どこにもいなかった。
日頃、みな子と仲のいいすみれも、今は真田由紀子と一緒にいる。
将はさりげなくすみれの傍に行き、みな子の行方を訊く。
「みな子……星野さんは?」
「今日、大阪に行くって……さっき帰った」
――え。
「鷹枝くん、知らなかったの?」
すみれは驚いて小さな目を丸くあけた――二人がただの友達に戻ったことは、特にクラスメートに宣言したわけではない。
だからすみれは、依然将とみな子が「いい仲」だと思い込んでいるらしいのだ。
なにもなかったようにカメラに向かって陽気にはしゃぎつつ、将はみな子のことが気になった。
――こんなに、急に。
――あいつ、何にも言ってなかったじゃん……。
「……将、将ってば」
将はぼんやりしていたらしい。井口が顔をのぞきこむようにしている。
「ああ、何?」
「今日サ、あとでみんなで、パーティみたいに集まろうっていってんだけど。お前これる?」
せっかくの申し出だったが、あいにく将も今日のうちに再び北海道入りすることになっている。明日も朝一から撮りがあるのだ。
それでも、せっかくだ。
飛行機を最終に変更すれば、最初の30分くらいは顔を出せる。
将は、飛行機の時間を変更できるか、と武藤に確認するべく携帯を取り出した。
開けた携帯にメールの着信が1通あった。……みな子からだった。
将は反射的に……聡の横顔に視線を走らせる。
女生徒たちに囲まれた聡は、涙もすっかり乾き、ばら色の頬に笑顔が戻ったようだ。
それを確認すると将は、小声で井口に言った。
「ちょっと、俺、事務所に顔出してくる。……パーティはちょっとだけ顔出すから場所とか連絡して」
それだけ言うと、校門へ向かおうとして……再び振り返る。
「センセイは呼ぶの?」
「いちおう声かけるけど……あのお腹だし、これないんじゃない?」
「ふうん、そ」
これ以上、聡への関心を悟られるのは、仲のいい井口でもマズいだろう。
将は井口にわからないように、聡にもう一度目をやった。
そのとき、首筋に気配を感じたのか、聡がこちらを振り返った。
将の心臓が、どきん、と震える。
それに対抗するように、将は大きな声を出した。
「センセー!センセーも、今日のパーティ、こいよー」
聡はまだそれを聞かされてないのか、きょとんとした顔をした。
そんな聡に、井口や兵藤、チャミやカリナが一斉に今日の催しの話を始める。
その隙を縫って将は……校門へ小走りで向かった。
「品川駅まで」
タクシーに乗った将は、迷わず告げた。
みな子は前に……飛行機が苦手だと言っていた。
『修学旅行のときもね。参加するのやめようかと思うほどイヤだったの。……でね、仕方ないから離陸前にムリヤリ寝ようとしたんだけど、怖くて寝れなくて』
だから、大阪へは飛行機でなく、新幹線を使うはずだろう。
……将は最後に、もう一度みな子に会わなくてはと、強く感じていた。
大阪に行ってしまう前に、もう一度謝りたい。
自分のために傷つけてしまったことを……。
そんなことを思う将の脳裏の片隅には……瑞樹がいた。
気付かないふりをして、その好意だけは、あざとく利用してしまっていた瑞樹。
……ドラッグに救いを求めさせるほど、傷つけた犯人の一人は自分だ。
謝る前に……逝ってしまった瑞樹のことは、ふいに将の心の表面に浮いてきて、将を苦しめていた。
それでも、大悟と一緒に住んでいたころは、ボロボロの大悟に向き合うことでそれが相殺されていた。
だが、大悟と離れた今。
ふいに、むきだしで浮かんでくる瑞樹への良心の呵責は、ときおりではあったものの、将を眠れなくするほどであった。
どうして、生きているうちに謝らなかったのか。償わなかったのか。
やったことの深さも、期間も、瑞樹よりはずっと軽いとはいえ……将がみな子への罪深さを思うとき、その後ろには、つねに瑞樹を感じていた。
将への好意を……利用していたという構図で、みな子と瑞樹は重なるのだ。
いてもたってもいられなくて、将はみな子に電話をかける。
「センセー、みんなでランチ食べにいこうよ」
「いいねー。どこにしよっかー。センセー、何が食べたい?」
写真をあらかた撮り終わって、なおも名残惜しいチャミやカリナたちは、聡を誘い始めた。
と、そのとき。
いつのまにか……見覚えのあるスーツ姿の男が、目の前にいることに聡は気付いた。
「……毛利さん」
「お久しぶりです。古城先生」
将の父・鷹枝康三官房長官の秘書である毛利……彼は、丁重に頭を下げた。
そのスーツの仕立てのよさと……眼光の鋭さに、聡のまわりに群れていた生徒たちは、なんとなく後退し、聡だけが毛利と向き合う格好になる。
「卒業式も、つつがなく終わられて……長官も大変喜んでおられます」
「……ありがとうございます」
目を伏せるようにして一礼した聡に、
「長官は、古城先生を労いたいと、昼食の席を用意しております。よろしかったらお越しいただけないでしょうか」
校門にはいつのまにか、ベンツが止まっている。
『よろしかったら』と聡に選択の余地を残すような言葉ながら、抗えないことを……聡はよくわかっていた。